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高松高等裁判所 平成4年(ネ)95号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

岡村直彦

被控訴人

甲野次郎

被控訴人

甲野春子

右両名訴訟代理人弁護士

三木春秋

主文

一  原判決を取り消す。

二  昭和六三年一一月一日高知県中村市長に対する届出によってなされた控訴人と被控訴人らとの間の養子縁組は無効であることを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  昭和六三年一一月一日高知県中村市長に対して、控訴人と被控訴人らとの間の養子縁組(以下「本件養子縁組」という。)の届出がなされた。

(二)  しかしながら、本件縁組の届出は、被控訴人らにおいて、控訴人が、精神薄弱で、日常習慣の領域を越える事柄に直面した際、合理的に判断することができずに心神耗弱の状態に陥ることを知りながら、あえて日常習慣の領域を越える事柄に属する本件養子縁組の話を持ち掛け、被控訴人らの言いなりになるほかない精神状態になった控訴人をして、養子縁組届に署名させ、その余の記載事項等を勝手に整えてなされたものであり、本件養子縁組は、当事者間に縁組意思を欠き無効である。

(三)  よって、控訴人は、被控訴人らに対し、民法八〇二条一号に基づき、右届出によってなされた本件養子縁組の無効であることの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。

三  証拠関係

原審記録中の書証、証人等各目録、当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  文書の方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので、真正な公文書と推定される甲第一ないし第一五号証、乙第一ないし第三号証(乙第二号証は原本の存在とも)、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一七号証、原審証人甲野秋子、同岡村武彦の各証言、原審における控訴人、被控訴人甲野春子(後記信用しない部分を除く。)各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  甲野三郎(昭和五五年一月二四日死亡。以下「三郎」という。)と妻夏子(昭和四四年七月七日死亡。以下「夏子」という。)との間には、二男、五女が生まれ、そのうち、控訴人(大正一一年三月三〇日生)は長男であり、被控訴人甲野春子(昭和二一年一二月二五日生。以下「被控訴人春子」という。)は長女乙川孝子(昭和六二年七月一五日死亡。以下「孝子」という。)の二女、被控訴人甲野次郎(昭和一四年一一月五日生。以下「被控訴人次郎」という。)はその夫であり、甲野秋子(昭和七年六月一五日生。以下「秋子」という。)は四女、甲野四郎(以下「四郎」という。)はその夫である。

2  控訴人は、生来知能の発育に恵まれず、小学校を卒業し、夜間学校にも通ったりしたが、自己の住所氏名を書くのがやっとで、読み書きや計算は全くといってよいほどできず、昭和六三年に実施の知能検査ではIQ三九であって、中等度の精神遅滞にあるため、非日常的な事柄については記憶が極めて曖昧であり、日常習慣の領域を越えるような事柄に面したとき、合理的判断をすることが難しく、心神耗弱の状態に陥る強い可能性があり(平成元年二月二八日準禁治産宣告の裁判確定し、秋子が保佐人に就職した。)、財産を管理する能力に欠けている。

3  三郎は、控訴人同様知能程度が高くなく、自己の財産を管理する能力に欠け、妻夏子生存中は、同人が財産を管理し、昭和四四年七月七日同人死亡後は、近所に住んでいた三郎の女きょうだいの甲野佐代(昭和四七年ころ死亡)、丙沢花子が財産の管理に当たり、昭和五一年七月ころからは長女孝子(丙沢花子は四女秋子との共同管理を依頼したが、実際には、孝子一人で取り仕切った。)がこれを引き継ぎ、昭和五五年一月二四日三郎死亡後は、同人の、総財産を控訴人に遺贈する旨の昭和四六年七月八日付公正証書遺言に従い、不動産を控訴人名義で相続登記するなどして、三郎の全遺産につき、引き続き控訴人のために管理し、昭和六二年七月一五日孝子死亡後は、秋子がこれを引き継ごうとしたところ、被控訴人春子が預金証書、実印、登記済証等の引渡しや会計報告等に一切応じようとしなかったため、控訴人の財産の管理をめぐって、秋子と被控訴人春子との間に激しい葛藤を生じたまま現在に至っている。

4  そうこうするうち、昭和六三年一〇月二五日、控訴人と四郎、秋子夫婦との間の養子縁組の届出がなされ(もっとも、この届出について、現在、控訴人に明白な記憶があるわけではない。)、そのことを知った被控訴人らは、秋子夫婦が控訴人の財産を独り占めすることを恐れ、昭和六三年一一月一日、被控訴人春子が、控訴人に会って、本件養子縁組の話を持ち掛け、これに対して、控訴人は、いつものとおり寡黙で、積極的な意思表示はせず、ほとんど黙ってうなずき、同日、中村市役所において、同被控訴人の指示に従い、養子縁組届の用紙の「養親になる人」欄に本籍、住所、氏名等を記入し、その余は同被控訴人や証人となる者がそれぞれ記入、押印し、これ(乙第一号証)をもって本件養子縁組の届出をした(更に、同年一二月九日には、三郎の、特定の財産につき孝子に遺贈する旨の昭和五一年九月一一日付公正証書遺言に基づき、前記控訴人名義の相続登記を錯誤を原因として抹消したうえ、孝子の子である被控訴人春子ら三名各自の名義で相続登記がなされた。)。

5  現在、控訴人には、被控訴人らとの間の親子意識は全くなく、また、財産管理その他身辺の世話等の必要からも、親子としての精神的なつながりを持とうとする意欲が見られないばかりか、右のような被控訴人春子らのやり方を意識してのことと思われるが、被控訴人らに対する憎悪の情すらうかがえる状況にある。

以上のとおり認められる。被控訴人甲野春子本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右の事実によると、控訴人は、本件養子縁組の届出当時、被控訴人春子から、日常習慣の領域を越える事柄に属する本件養子縁組の話を急に持ち掛けられ、合理的判断を期待できないような心神の状態に陥り、被控訴人らとの間で親子としての精神的つながりを作る意思を形成することができたとは到底認められないので、被控訴人らとの縁組意思を欠くものというほかはなく、本件養子縁組は無効である。

三  よって、右と異なる原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、控訴人の請求を認容することとし、控訴費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 上野利隆 裁判官 渡邉左千夫)

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